キャッシングの歴史
キャッシングには主に三つの種類があります。一つめは銀行によるキャッシング、二つめは信販会社(クレジット会社)によるキャッシング、三つめは消費者金融によるキャッシングです。
信販会社からはじまったキャッシング
そのうち、日本でもっとも最初にキャッシングを行ったのはクレジット会社だと言われています。高度成長による消費の拡大を受け、昭和40年代の初頭から中頃にかけ、ダイナースクラブをはじめとしてカード会社が一斉にキャッシングの拡大をはかりました。日本が最も勢いづいていた1960年代のことです。いわゆる高度経済成長期のことです。
特に1960年代という時代は、東京オリンピックの開催、1970年に開催された大阪万博への特需、ベトナム戦争への特需などが重なったこともあり、1968年は、GNPが世界第2位に達することになりました。そんな中で、外資を始めとした貸金業者が一気にキャッシングを広めにかかったのです。お金を使うということ、いわゆる「消費」ということが一般市民にもひろまったのがまさにこの時代だったのです。
その後1970年代、オイルショックの影響でキャッシングは利用者をどんどん増やしていきます。このころ、消費者金融を「サラ金」と呼ぶ慣習が生まれました。しかし不況下でお金を借りた人たちは返済に非常に苦労することになり、この状況を「サラ金地獄」などと読んだりします。また、サラ金地獄に陥った人はお金を借りることができなくなるのですが、そういう人たちにつけこんでさらに高利で貸し付ける「ヤミ金」もこのころ生まれました。
上限金利の高騰
1980年代後半から90年代初頭には、いわゆる「バブル経済期」を迎えます。なんとこの時代には、出資法による上限金利が54.75パーセントという高金利であり、実際に信販系のキャッシング金利は38パーセント程度が当たり前でした。そんな中、限度額一杯までキャッシングしまくり、それを元手に様々な投機に手を出す人たちが多くいたのです。
1990年代には、サラ金のテレビコマーシャルが乱発されるようになります。特に「武富士」のコマーシャルはその謎な演出もあり、多くの人の記憶に残るものです。「無人くん」のような自動契約機が出現したのもこの時代で、利用者はますます増えていくことになります。
そんな中、とうとう「グレーゾーン金利」の問題が表面化し、2000年代中頃には改正貸金業法の成立へと繋がっていくのです。